人口減少時代の生存戦略「ブランド×ファンベース」で選ばれ続ける経営へ
第1回【パラダイムシフト】なぜ今、長野県の経営者に「ファンベース」が必要なのか
地味な商品が、なぜ多くの人に選ばれたのか
私は長年、資産運用業界で投資信託の商品企画やマーケティングに携わってきました。特に2008年に投資信託の世界に移って以降、インデックスファンドの普及に深く関わってきました。
当時、日本の投資信託業界において、インデックスファンドは決して主流ではありませんでした。09年に最初のインデックスファンドを立ち上げた頃、業界全体に占めるインデックスファンドの比率は1割にも満たない水準でした。投資信託といえば、運用会社が銘柄を選び、販売会社が対面で説明し、手数料を得るアクティブファンド中心の世界だったのです。
ところが、その後の小額投資非課税制度(NISA)の普及、とりわけ24年から始まった新しいNISA を契機に、投資信託は個人の資産形成の手段として急速に広がりました。その原動力となっているのが、低コストで、分かりやすく、長く持ち続けやすいインデックスファンドです。現在では、公募株式投信に占めるインデックスファンドの比率は4割を超えるまでになっています(図表1)。
図表1 国内公募投資信託市場におけるインデックスファンドの比率

(出典)資産運用業協会のデータから筆者が作成
その代表的な存在が、18年に設定された「オルカン」の愛称で知られる全世界株式型のインデックスファンドです。派手な商品ではありません。将来の値上がりを約束するものでも、短期で大きな利益を狙うものでもありません。むしろ、世界経済全体に分散し、長く市場に居続けるという、極めて地味で合理的な商品です。
それでも、この考え方は多くの生活者に支持されました。現在では純資産総額が12兆円を超え、延べ600万人近い方に投資いただくまでになり、現在も毎月多額の資金流入が続いています。これは、NISA を通じて長期・分散・低コストの資産形成が広がってきたことを象徴する変化だといえます。
選ばれる理由は、スペックだけではない
この経験から私が学んだのは、商品やサービスが選ばれる理由は、単なるスペックや価格だけではないということです。もちろん、低コストであること、品質が安定していること、使いやすいことは重要です。しかし、それだけでは長く支持されるブランドにはなりません。大切なのは、「何のために存在するのか」「顧客に対して何を約束するのか」「その約束を守り続ける覚悟があるのか」という、経営の姿勢です。
これは金融商品に限った話ではありません。むしろ、人口減少が進む長野県の企業経営にこそ、強く当てはまる話だと思います。
人口減少は、経営の前提を変える
長野県の人口は、01年頃をピークに減少に転じ、20年の約205万人から50年には約159万人へと減少する見通しです。約30年で2割強の減少です。さらに重要なのは、その中身です。生産年齢人口(15〜64歳)は大きく減少し、65歳以上の高齢者の割合は4割を超えると見込まれています。つまり、消費者の数が減るだけではありません。働き手も減り、地域の購買力、採用力、事業承継力が同時に細っていくのです。
これは、単に「景気が悪い」という話ではありません。市場の前提が変わるという話です。人口が増えていた時代には、多少顧客が離れても、次の顧客を探せばよかった。広告を打ち、新規顧客を集め、価格やキャンペーンで販売を伸ばすという発想も機能しました。しかし、人口が減り、地域内の需要が縮む時代には、一度つながった顧客との関係をいかに深め、長く支持される存在になるかが、経営の生命線になります。
特に地域の中小企業や小規模事業者にとって、この変化は切実です。商圏人口が縮小すれば、従来と同じやり方で売り上げを伸ばすことは難しくなります。人手不足が続けば、事業を広げたくても広げられない場面も増えます。価格競争に巻き込まれれば、利益率は下がり、従業員の処遇改善や設備投資も難しくなります。人口減少時代の経営では、「いかに多く売るか」だけでなく、「いかに選ばれ続けるか」が問われるのです。
加えて、地方の企業にとっては、顧客市場の縮小と人材市場の縮小が同時に進む点も見逃せません。売り上げを支える顧客が減る一方で、事業を支える人材の確保も難しくなる。そうした環境では、顧客だけでなく、働く人、取引先、地域社会に対しても、「この会社は何を大切にしているのか」が伝わっている必要があります。ブランドは販売のためだけでなく、採用、取引、事業承継、地域との関係を支える経営資産でもあるのです。
新規顧客を追うだけでは、経営は安定しない
このとき重要になるのが、「ブランド」と「ファンベース」です。ブランドとは、ロゴやデザインのことではありません。自社が何を大切にし、顧客にどのような価値を約束するのかという、経営の姿勢そのものです。そしてファンベースとは、一度買ってくれた人、共感してくれた人、応援してくれる人との関係を大切にし、その信頼を経営の土台にしていく考え方です。
もちろん、新規顧客の獲得は重要です。しかし、新規顧客を追い続けるだけの経営は、広告費や販促費がかさみ、常に次の顧客を探し続けなければなりません。市場が縮小する時代には、すでに自社の価値を理解してくれている顧客との関係を深めることの重要性が増します(図表2)。
図表2 『新規顧客追求型』から『ファンベース型』への転換

(注)筆者作成
売り上げは、全ての顧客から均等に生まれているわけではありません。繰り返し購入してくれる顧客、周囲に紹介してくれる顧客、多少価格が高くても選んでくれる顧客が、事業を支えていることは少なくありません。そうした顧客は、単なる「購入者」ではなく、企業の価値を理解し、広げてくれる存在です。
ここで誤解してはならないのは、既存のファンを大切にすることは、新規顧客の開拓をあきらめることではないということです。むしろ逆です。自社の価値を深く理解してくれている顧客ほど、自然な言葉で周囲にその良さを伝えてくれます。企業がどれほど広告で自社の魅力を語っても、顧客自身の実感に基づく口コミにはかないません。
私がインデックスファンド、とりわけオルカンの普及に関わる中で実感したのも、まさにこのことでした。オルカンは、派手な広告で一気に広がった商品ではありません。最初にその考え方を理解し、支持してくださった投資家の方々が、自らの経験をブログやSNS、書籍、セミナー、日常の会話などを通じて、少しずつ周囲に伝えてくださいました。「長期で持ち続けるなら、こういう選択肢がある」「低コストで世界全体に分散できる」「難しい銘柄選びをしなくても、市場全体に投資できる」。そうした生活者自身の言葉が、次の投資家の安心感につながっていったのです。
つまり、ファンベースとは、既存顧客を囲い込むための発想ではありません。既存顧客との信頼関係を深めることで、その顧客が自社の価値を社会に伝えてくれる状態をつくることです。コアのファンを大切にすることは、結果として最も自然で、持続的な新規顧客開拓にもつながります。
長野県には、ブランドの種がすでにある
この点で、長野県には大きな可能性があります。長野県には、山、森、水、農産物、発酵食品、酒、ワイン、工芸、観光、温泉、暮らしの文化があります。これらは、単なる商品やサービスではなく、土地の記憶と人の営みを背負った地域資本です。しかも、長野県の商品やサービスには、自然との距離の近さ、丁寧な暮らし、誠実なものづくりといった、都市部にはない魅力があります。
しかし、その価値は、ただ存在しているだけでは伝わりません。「なぜこの土地で作るのか」「なぜこのやり方を守るのか」「どんな思いで顧客に届けているのか」を、自分たちの言葉で語り続ける必要があります。品質の良さだけではなく、その背景にある考え方や物語を伝えることが、ブランドづくりの出発点になります。
人口減少時代において、規模が小さいことは必ずしも不利ではありません。むしろ、小さいからこそ経営者の考えが商品に宿り、顧客との距離を近く保つことができます。大企業のように大量に売ることはできなくても、深く支持してくれる顧客を持つことはできます。価格だけで比較される存在から、「この会社だから」「この人だから」「この地域だから」と選ばれる存在へ変わることは可能です。
経営者自身の言葉が、ブランドになる
そのために、まず経営者自身が、自社の「約束」を言語化することが大切です。何を売っているのかだけでなく、何を大切にしているのか。誰のどんな暮らしに役立ちたいのか。10年後も守りたい価値は何か。こうした問いに向き合うことが、ブランドの核をつくります。
次に、その約束を顧客との接点で一貫して伝えることです。店頭での会話、商品説明、ホームページ、SNS、パンフレット、ニュースレター、イベント。どの接点でも、同じ思想が伝わっているか。単なる宣伝ではなく、顧客との関係を育てる場になっているか。そこに意識を向けることで、情報発信は販促ではなく、信頼形成の手段になります。
その際、立派な言葉を並べる必要はありません。むしろ、経営者自身の実感に根差した言葉の方が、顧客には届きます。なぜこの事業を続けているのか。なぜこの品質にこだわるのか。なぜこの地域で商売をしているのか。そうした素朴な問いに正面から答えることが、他社にはまねできない物語になります。ブランドとは、外から飾り立てるものではなく、内側にある信念を磨き、伝わる形に整えることなのです。
広告は一瞬の認知を作ることができます。しかし、信頼は一瞬では作れません。信頼は、約束を守り続けることでしか積み上がりません。だからこそ、これからの長野県の経営に必要なのは、短期の販売促進だけではなく、長期で選ばれ続けるためのブランドづくりです。
人口減少は厳しい現実です。しかし、それは同時に、経営の質を問い直す機会でもあります。誰に、何を、なぜ届けるのか。自社の存在理由を磨き、顧客との関係を深めることができれば、縮小する市場の中でも、選ばれ続ける企業は必ず生まれます。長野県の風土と経営者の哲学を掛け合わせること。その積み重ねこそが、人口減少時代の最も確かな生存戦略になるのではないでしょうか。
(出典)一般財団法人長野経済研究所「経済月報2026年8月号」
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